波動の高低=意識の高低ではありません

波動の低い人と一緒にいるとうつるとか、

夫は波動が低くて、一緒にいれないとかいう記事を目にして、

ある意味そういう言い方もできなくはないけど、

波動の捉え方が、まったく違うとおもいました。

自分が発してるものと、

相手が発してるものが、

別々のようにとらえると、そういう言い方にならざるを得ませんけど、

あくまで、宇宙は一人に一つで、自分の素粒子の振動数を無意識で確定させて、今の目の前の相手を出現させているので、100%自分の波動です。

自分の波動が共振してるので、

目の前に低い波動の人が現れたように見えたら、

意識としては、事故にでもあったかのように、自分とは無縁で、被害者のように感じるでしょうが、

それは、被害者意識がもともとあるからかもしれません。

現実をみたら、自分の中のバランスがとれてない部分が、共振したのだと、ただ、知るきっかけになればいいのです。

そこに、意味はつけなくても、

嫌な人がいた、望んだようにはにならなかった。

自分のなかには、どうせ私なんてとか、そんなふうに感じて

不等な扱いを許す(引き寄せる、共振させる)自分がいるんだな。

気がついたら、あとは、

嫌なら嫌と言おうとか、
嫌だから離れようとか、

その事が起こることで感じる間隔に対して、どういった行動を起こしていけばいいか気づいて実行したらいい。

実行が怖くて無理でも、まず、自分の中にあることをみとめてあげればいい。

知らないでいるから、いつまでも被害者のままになってしまう。






幸せへの気付きの記録

今年の中盤から、私たちの未来が二つに別れるといわれていますけど、 別れるは分離で 目指すは統合なはず(笑) でも、自分の中のいらない感情は捨てても、あるいは、癒しても、 はたまた解放してもいいのでは? と、考えると、 ネガティブと言う敵は消え去るかもですね。 かわいいアマノジャクがそこに残るだけ と、私にはおもいます

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