ずっと、自分を生きるためにやっていたことだった

「勇気を出して怖いことをする。」

「バンジーを飛ぶ」など、

今、しきりに言われてること、

ふりかえると、私、ずっとこれをやってきてた。

でも、その時はまだ、それがいいことなのかどうなのかわからなかった。

だから、やっては見たけど、やっぱりこんなことしていいのか?と、自問自答、わがままじゃないか?とか、罪悪感をもちながらやってた。

けど、好きなことはやらずにいれなかった。

田舎の商店の嫁

田舎特有の、制限と常識が当たり前の小さな世界。

幸か不幸か、私は、それをそつなくこなせる器ではなかった。

回りの人は不満があっても、ちゃんとうまくやってるのに、

私にはそれができなかった。

やりたいことできないなら、死んだ方がましって思うくらい。堪え性がなく。

好きなことは、やらずにいれないほど、衝動的

だから義理の家族には、思いっきり甘えた。

「常識ってなに!?」
「普通ってなに!?」
「素直って、人に従順と違うでしょ!?
自分の心に素直なことを素直っていうんだよね!?」

我の強い嫁だとあきれられたと思う。

それでも自分を通した。

「普通は」とか、「当たり前」とかいうことには、ものすごい怒りを感じて反発した。

思ったことを、前頭葉で理性的に変換して、なんてことはできずに、

腹からそのまま言葉が出ちゃうタイプだ。

義理家族からしたら、まったく可愛くない嫁だろう。

はじめの頃は自分の心に従うことは、ただのわがままじゃないか?って思う罪悪感があったから、

思いはそのまま鏡となり夫からの言葉で帰ってきてた。

実家が借金で大変なのに、お前はのんきに海外旅行か!?

親が、重度の病気なのに、○×△■ー!?

手伝いもしないで○×△■ー!!

子供たちほっといて○×△■ー!!

という感じで、私が私に夫の口を使って問いかける。

だけど、あるとき、自分の心に従うことの方が、回りの声で諦めるより大切だと気づき

本当にやりたいことなら、罪悪感を感じなくてもよいと思えた。

それを期に、だんだんと回りからそういう言葉は聞かなくなった。

言っても聞かない嫁は、応援してもらえる嫁に変わっていった。

できなかった時にあったやりたいことへの飢餓感もうすれ、やりたいという欲求自体が変化していった。

私の場合、今まで、やってなったことを勇気を出してするという流れじゃなくて、

やって来たことに、○をだせたって感じ。

でもって、まだまだ遠慮してた部分にたいして、遠慮しなくてよくなったのもおおきい。

まだまだプールに爪先をつける程度の勇気なんですけど、

どんどん自由になっていきたいと思います



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