在り方をかえるミラーワーク

私の回りには、霊感が強く、見えない存在とコンタクトをとれる人が結構いる

だからって、その人たちを特別視することはない。

足が早いとか、絶対音感あるとか、

歌がうまいとか、そういう個性とか、才能と一緒だとおもってる

すごいねーと思うけど、別にそこ目指してなかったら崇拝とかはしないでしょ??

相手も繋がってる「存在」が、それぞれなので、

なんか変なのとつながってない?って人もいれば、

すっごい府に落ちることを言ってくる人もいる。


だからって、どちらがどうとかもない。


そういう人がまわりにたくさんいると、

当たり前だけど、言ってることを鵜呑みにしないようになるし、やっぱり、その人の人間性の方が興味がわく。


話していて、気持ちのよい人の時は、


提案はしても、押し付けてはこないという共通点があるし、


宗教的なべきねばも押し付けてこない。


これは見えようがみえまいが、普通に生きてる人と話しているのとかわりないことなので、

振り回されるのも、されないのも、自分の問題でしかないのかも?


いつだって、自分の違和感とか、感覚が一番大切なのだ。

でね。

かれこれ10年前に、

そんなサイキックな友人の一人に進められたのが、ミラーワーク

毎朝、鏡の前にたつときに、


自分に声をかけるというやつ。

ずっとわすれてたけど、

昨日のしいちゃんのカウンセリング(雑談?)受けて、

自分に、よしよししてあげてっていわれてそのワークのことを、思い出した。


そう、10年前、ミラーワークやってたとき、


私が自分に声をかけてたことは、結構実現してたんだ。

その内容はね。

あや子ちゃんは、はだがきれいね。

美人さんね。

スタイルいいわね。

愛されてて幸せね。

運がいいわね。

嫌なこと我慢して、すごい頑張ってるよね。


こんな感じで話しかけるの。

当時は、気持ちのせるとかもなく(棒)で、やってたけど、

認めるってことの練習なってたんだと思うんだよね。


今思うと、あれやってるうちって、

肌トラブルもなく、

体重気にしないで食べても太らず

人間関係もどんどんよくなってった。

今、考えてみたら何で途中でやめちゃったんだろーー?って思う。
(よくなるとやめる。根気が続かない性格のせいかな?)

でも、それも意味があって、効果はこうして過ぎ去ってみてわかることだったのかも??

なので、自分によしよしを、して、人とは比べずに自分を認めるってことを

ミラーワークの形で再開します。


全肯定の手法のひとつ、

ほんのすこしやり方は違うかもだけど、

理屈は同じことだよね。

よかったらみなさんも、是非。


おすすめです。
















幸せへの気付きの記録

独り言ブログです。

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