見えない存在を当たり前にする

先日のブログの続きです。

去年の9月の新月に、スマホ画面に突然壱岐の龍光大神の画像が現れるまで、
よくいう神社に呼ばれるとか、そういう感覚には無頓着でした。

あっても、受け取れないタイプ


宇宙存在のチャネリングは、スーッとはいってくる変態加減なのに、神様は疑うという。


どんだけーだった私。


でも「受け取る」と決めてからは面白いくらいにメッセージやサインを意識できるようになっていきました。


それらがたとえ単なる思い込みだといわれたしても、歓迎されてると受けとめる心をもてることで、ハートがあったかくなる、それだけでも神社仏閣巡りのメリットは大きいです。


そういった見えない存在への愛情をもつきっかけをくれたのは桜井識子さんのブログや本でした。


それまで龍がそばにいるよといわれても、


「だからどうしろと?」というかんじでしたけど、


また「神」=「グレートサムシング」という存在は信じていましたけど、


「私は神です。こうしなさい。ああしなさい」とかいうような存在は、よっぽどチャネラー自身が整ってないと「神様を名のって崇められたい何か」がついてるんだろうなと斜めにみてました。


しかし識子さんの本や、友人の体験談などを聞くうちに、神社や聖域にいる高次元のエネルギー体は、偉そうにするでもなく、それぞれの個性で愛情深く人々をサポートしようとしてくれる存在が多いことを知り


自然と愛情と感謝がわくようになっていきました。

もえもえきゅーんです。←バカ


いわゆる「神」と一言で表現されても、


地球全体のために天災もおこす大いなる力に対してもそう表現するし


それを防ぎ最小限に止めようとする存在の力もそう呼ばれる。


みんなひとくくりで「神」とかなんとかいわれるけど、


実はきちんと段階があって、


その中でも神社仏閣の神様、仏様は実はめっちゃ個性的なんだと思えたら


田舎のじいちゃんに会いに行くような


憧れの先輩に会いにいくような


なんかめっちゃ近い存在に感じてすっかり虜になりました。

(畏怖はどうした)


んでも、これは、私がそれが好きでその考え方を採用しているだけなので、


他の方がたんなるエネルギーとして扱おうが、大いなる存在として崇めようが、ほんとにここにかんしては100人100様なので、識子式の考え方を強要しているわけではありません。


ただ実際に、この考え方と、感じか方を採用してからの方が、


自分で、意識してやるよりもやりたいことがすごいスムーズにできるようになったので、


今回、まとめてみています。


だって、人は見たいものをみるのですから、


ずっと自分の力で、意識して世界を創り上げるより、


「サポートしてあげてもよろしくてよ」といってくださる魂の先輩達に、


自動設定でお願いした方が、はやくないですか??


もう、あれこれ自分で頑張ろうとしてる人には、


とりあえず墓まいりいってきたら?


とか、神社いっておいでとか、いっちゃいます。


思考するから、余計に質が悪い気がするからね。


ご先祖様を後押ししたら、むこうもたすけてくださるかもしれない

神社、聖域にいったら、心の穢れが祓われるかもしれない。

私自身、神様にご挨拶して、話しかけるようにしてからは、

どんどん困ったことがなくなりました。

あったとしても、意識がかわったので、あまり困ったとは感じないのです。

この感覚は、とっても楽ちん。

こうやっていると私たちは、生きてる人の他にも、見えない存在ともご縁をもらってチームを組んでるんだとしみじみかんじます。

これは、霊感があってもなくても感じられることのように思いますので、ご自分の縁のある存在との交流を深めてみてはどうでしょうか?

とりあえず意識するだけで、

すぐに可愛がってくれる存在からサインがくると思います。

三回以上シンクロしたら、呼ばれてるとおもっていいかもです。


外にでたら龍雲
吉兆のサインです。

日々のきづきの記録

小さな幸せを見つけていたら、なんだかどんどん幸せがそだっていってます。 (*´∀`*) 日々の気付きを書きとめてます。

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